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東京高等裁判所 平成6年(ネ)3464号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人株式会社アーテックスズキは、別紙イ号ないしヘ号物件目録記載の商品を製造し又は販売してはならない。

三  被控訴人株式会社アーテックスズキは、その本店及び工場に存する前項記載の商品及びその半製品を廃棄し、同商品の製造に必要な金型を除去せよ。

四  被控訴人株式会社オグロは、別紙イ号ないしヘ号物件目録記載の商品を販売してはならない。

五  被控訴人株式会社オグロは、その占有する前項記載の物件を廃棄せよ。

六  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

七  この判決の二ないし五項は、仮に執行することができる。

理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文一ないし六項同旨の判決及び仮執行の宣言

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要及び証拠関係

事案の概要は、「二 争点」に対する当審における当事者双方の主張として次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の記載のとおりであり、証拠関係は、原審及び当審における証拠関係目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  意匠権者の権利保護のためには、意匠が取引者及び需要者において物品の混同、誤認をするおそれがあるほど似ているかどうかを基準にして類否の判断をなすべきである。取引者等は、一般には、全体的な意匠的工夫の他に、物品の形態、用途からみて特に目につきやすい部分又は視る者の注意を強く惹く部分の意匠を観察し、他の物品の意匠との異同を認識し、取引、購入するものであるから、類否の判断は、意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様に基づいて、視る者に特に目につきやすい部分ないし視る者の注意を強く惹く部分がどこであるかを全体的に観察して行うべきである。

これを、本件意匠についてみるに、特に目につきやすい部分ないし視る者の注意を芯く部分である要部に関しては、衣装ケースの正面部を全体としてみるべきであり、手掛け用基板のみに限定してみるべきではない。そうすると、本件意匠に係る衣装ケース正面部全体は、各前縁部と密接しながら、手掛け用基板が縦一列に等間隔のもとに配設されているので、看者をして、一連の連続したつながりのあるものとして把握させ、手掛け用基板三個が縦一列にまとまつて視野に入り、その結果、深い感銘と圧倒的な印象を与えるのである。

原判決は、本件意匠とイ号ないしヘ号意匠とを、手掛け用基板のみに限つて対比判断しているが、正面形状すなわち衣装ケースの正面部全体に対してなすべき考察を無視しており、誤つた判断である。

2  本件意匠の手掛け用基板は、従来より実施され又は知らされてきた公知例には認められない斬新にして際立つた形態である。

本件意匠の登録出願前における手掛けは、手掛けを構成する部分が、通常、引出しと共に一体的にプラスチック成形されることを前提としている関係から、どうしても厚味感のないものとなり、同時に成形された他の模様と比較して格別に特徴のあるものとして捉えられず、評価されなかつた。

本件意匠の手掛け用基板は、透明な引出し前面の下半部中央において、不透明で凹陥部全体を覆装していることから、厚味感を有し、従来例と比較すると、その形態は、抜きんでて斬新なものである。

3  原判決は、部分的な差異を過大に評価し、意匠の類否の認定の方法として著しく妥当を欠いている。

イ号ないしヘ号意匠の手掛け用基板に付加的に配置した横リブ、縦リブは、特段のバリエーション(変化)を備えているものとは到底いい得ず、視る者の注意を惹く部分ではない。これらのリブは、まさにありふれた形状や模様に基づくもので、単なる格子模様に準じたものにすぎない。したがつて、本件意匠と構成要素をほとんど共通にしている手掛け用基板に付加的に横リブ、縦リブを配置したにすぎないイ号ないしヘ号意匠は、本件意匠と美感を共通にする類似の意匠である。

二  被控訴人ら

1  控訴人は、本件意匠の手掛け用基板が斬新な形態で視る者に最も強い印象を与える旨主張する。

しかしながら、手掛け用基板を除いて透明な引出しを含む衣装ケース(収納ケース)は、本件意匠の登録出願以前において、ありふれた形状として公知であつた。このことは、昭和五九年意匠登録第四五四六八号公報で示す登録意匠が少なくとも該登録日である昭和六二年二月二七日以降公知意匠として存在し、その実施品において引出しが手掛け用基板を除いて透明であることからして、十分に認められるところである。

また、控訴人は、本件意匠とイ号ないしヘ号意匠の手掛け用基板とがほとんど一致していると主張するが、両者の間には多くの相違点が存在し、その結果、本件意匠とイ号ないしヘ号意匠とは全く美感を異にしている。

2  控訴人は、イ号ないしヘ号意匠の手掛け用基板に配置された横リブ、縦リブは、付加的に配置されたもので、視る者の注意を惹く部分ではないと主張する。

しかしながら、リブをどこに配置するかについてはかなりのバリエーションが考えられるし、引出しが透明であるときは、リブの配置如何が物品全体の美感に影響を及ぼす場合がある。イ号ないしヘ号意匠においては、横リブ及び縦リブが引出し前面に凹凸感を付与するのみでなく、手掛け用基板と一体化することにより、シャープな美観を高めているというべきである。

第三  当裁判所の判断

一  本件意匠の構成、イ号ないしヘ号意匠の構成については、次のとおり訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」のうち「一 本件意匠の構成」、「二 イ号ないしヘ号意匠の構成」の認定と同一であるからこれを引用する。

1  原判決一二頁三、四行、八行、一〇行及び一三頁一、二行の「イ号ないしヘ号意匠」をそれぞれ「イ号意匠」と改める。

2  原判決一二頁五行及び一一行の「手掛け用孔」を「手掛け孔」と改める。

二  本件意匠とイ号ないしヘ号意匠との対比及び類否判断

1  本件意匠とイ号ないしヘ号意匠との対比については、原判決一八頁七行の「手掛け用孔」を「手掛け孔」と改めるほか、前記「第三 当裁判所の判断」のうちの「三 本件意匠とイ号ないしヘ号意匠との類否」のうちの「(一) 本件意匠とイ号ないしヘ号意匠との対比」の認定と同一であるから、これを引用し、「(二) 本件意匠の要部」以下を削除し、次のとおりの判断を示す。

2  本件意匠とイ号ないしヘ号意匠との類否判断

(一) そこで、前記一及び二1認定の本件意匠とイ号ないしヘ号意匠の構成、及び対比に基づいて、被控訴人らの製造販売するイ号ないしヘ号意匠が本件意匠に類似する意匠であつて、控訴人の有する意匠権を侵害するかについて、検討する。

登録意匠と類似する意匠が実施された場合に意匠権侵害とされるのは、当該意匠に係る物品が流通過程に置かれ、取引の対象とされる場合において、取引者、需要者が両意匠を類似していると認識することにより当該物品の誤認混同を生じ、意匠権の実質的保護が失われる結果とならないようにするためであると理解されるから、その類否判断は、両意匠の構成を全体的に観察したうえ、取引者、需要者が最も注意を惹く意匠の構成、すなわち要部がどこであるかを当該物品の性質、目的、用途、使用態様等に基づいて認定し、その要部に現れた意匠の形態が看者に異なつた美感を与えるか否かによつて判断すべきものである。

(二) そこで、まず、本件意匠及びイ号ないしヘ号意匠の要部について検討するに、これらの意匠に係る物品である衣装ケースは、衣装その他の物を収納することを目的とするものであり、その使用態様は、室内において、独立にあるいは他の家具と並べて使用するか、あるいは押入れの中に据えて使用するものと判断される。そうすると、これを視る者は、本件意匠に係る物品を、正面方向からか、真横若しくは斜め横方向からみることになり、その意匠から受ける印象については、正面及び横方向からみた形状、模様について観察すべきである。

したがつて、本件意匠及びイ号ないしヘ号意匠においては、正面方向と横方向からみた意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様が最も看者の注意を惹く意匠の要部というべきである。

そこで、本件意匠とイ号ないしヘ号意匠の要部を具体的に検討すると、両意匠は、四隅部に縦方向の枠を形成するとともに、上端に天板を配し、中央部二段と下端の外縁に横桟を配し、上下方向に数段(本件意匠とイ号、ロ号意匠は三段式、ハ号、ニ号意匠は五段式、ホ号、ヘ号意匠は八段式)とした箱枠体を形成し、箱枠体の四隅に脚輪を着脱自在に設け、この箱枠体に引手を除いて透明とした引出しを挿脱自在に挿入し、引出しの前面及び後面が外側から見えるように形成した基本的構成態様、及び引出しは手掛け用基板を除いて透明とし、その面の大部分を平坦面とし、下半部中央部に凹設した凹陥部の全体を覆装するように、上縁両側を隅丸にした横長な長方形状の手掛け用基板とし、手掛け用基板には、その形状に倣つて縁取りした手掛け孔を透設するとともに、引出し前面の両側縁は、曲面状の張出部となつて箱枠体前面に位置する枠を隠す具体的構成態様がそれぞれの意匠の特徴ある要部をなしているものと認められる。

したがつて、本件意匠とイ号ないしヘ号意匠とはその要部の主たる構成態様を共通にするものであり、これらの要部から、看者には、全体として透明な立体感があり、また、天板、下端、及び各段に設けられた横縁部により箱枠体全体が画然と分割され、かつ透明な引出しに上縁両側を隅丸にした横長な長方形状の手掛け用基板が各前縁部と密接しながら縦一列に等間隔に配列されていることにより、家庭用品としての親しみやすさとスマートで、まとまりのある美的印象を与えるということができる。ハ号、ニ号意匠は五段式、ホ号、ヘ号意匠は八段式であるが、そのために全高と横幅に差が生じるのみで、それ以外の前記認定の要部の構成において差異はないから、これが美感の差異をもたらすことにはならない。

(三) もつとも、本件意匠とイ号ないしヘ号意匠とは、その要部に含まれる手掛け用基板の具体的構成態様において、前記二の「1 本件意匠とイ号ないしヘ号意匠との対比」摘示の(1)ないし(6)の相違点があること、及びイ号ないしヘ号意匠には、手掛け用基板の両側に引出しの全面の下縁から全体の三分の一の高さの位置に横リブを施し、下縁と横リブの間に前記基板を挟む二本の縦リブを施してあるのに対し、本件意匠には、このようなリブが存しない点において相違する。

しかしながら、本件意匠及びイ号ないしヘ号意匠に係る物品は衣装ケース等として使用されることに照らすと、看者は、これらの物品に近接してその手掛け用基板の細部を観察するというよりは、ある程度離れた距離から室内に配置した場合における空間や他の家具、調度類との調和等を考慮しつつこれを観察するものとみられる。その場合、本件意匠とイ号ないしヘ号意匠とは、引出しを手掛け用基板を除いて透明とし、その前面に下半部中央部に凹設した凹陥部の全体を覆装するように、上縁両側を隅丸にした横長な長方形状の手掛け用基板を前縁部と密接しながら縦一列に等間隔に配列する構成により、全体としてまとまりのある美的印象を与える点に際立つた意匠的特徴を有するのであつて、手掛け用基板の詳細な構成において、(1)引出しに対する基板の高さの比率、(2)引出しに対し基板の占める領域の比率、(3)基板の横幅に対する高さの比率、(4)基板における手掛け孔の構成比、(5)基板隅部の曲率半径、(6)手掛け孔の形状等について前記相違点が存しても、この相違点は極めて微細な構成上の差異であつて、看者がこれらの意匠を前記の態様で正面又は側面から観察する場合、前記構成の共通点から生じる美感がこの差異点によつて左右されるとは認められない。

また、成立に争いのない甲第一三号証(桜内雄二郎編著「プラスチック成形読本」株式会社工業調査会一九八五年三月二〇日発行)、同第一四号証(広恵章利著「やさしいプラスチック金型」株式会社三光出版社昭和五五年一月一〇日発行)によれば、リブは、本来プラスチック成形において平板部の強度を補い、剛性度を高めて変形を防ぐためによく使われる補助手段であることが認められるうえ、《証拠略》、同第二〇号証(工業所有権用語辞典編集委員会編「工業所有権用語辞典」日本工業新聞社昭和五〇年一二月一〇日発行)によれば、リブは意匠として極めてありふれた格子模様あるいは縞模様に準ずる模様であることが認められ、イ号ないしヘ号意匠におけるリブは透明な引出しと同一素材で形成されたありふれた模様にすぎず、正面、側面のいずれからみても、これが意匠の美感を支配するほどのものとは認めがたく、前記手掛け用基板等による意匠的まとまりのなかに吸収されてしまう程度のものであつて、リブを設けたことが両意匠の前記共通の美感を凌駕して別異な美的印象を作り出すとはいえない。

そして、本件意匠とイ号ないしヘ号意匠との要部の構成を対比しても、他にその間の美感に差異をもたらすような構成上の差異は認められない。

(四) この点について、被控訴人らは、正面方向からみた全体的構成態様のうち、〈1〉引出しが手掛け用基板を除いて透明である点、〈2〉各前縁部が箱枠全体を三つの領域に分割している点、〈3〉手掛け用基板が縦一列に等間隔に配置されている点は公知意匠であり、公知意匠又はこれと類似する意匠は意匠権として登録されることはないから、これらの部分は要部から除外されるべきである旨主張するが、要部の概念は前示のとおりであつて、公知意匠又はこれと類似する意匠であつても、当該意匠を全体的に観察した場合、それが意匠全体の支配的部分を占め、意匠的まとまりを形成し、看者の注意を最も惹くときは、これらの部分も意匠上の要部と認められるのであつて、公知意匠又はこれと類似する意匠は、意匠権として登録されないことを理由として、直ちに意匠の要部となりえないということはできない。

本件意匠は、被控訴人ら主張〈1〉ないし〈3〉の構成を含む前記認定の要部が意匠の支配的部分を占め、意匠的まとまりを形成しているものであつて、この部分が看者の注意を最も惹く部分であるから、これを要部から除外すべき理由はない。

3  結論

以上により、本件意匠及びイ号ないしヘ号意匠は、意匠の要部をなす基本的構成態様及び具体的構成態様において共通し、美感を同じくするものであつて、看者に類似の印象を与え、取引において誤認混同を生じさせるというべきである。

したがつて、被控訴人株式会社アーテックスズキがイ号ないしヘ号物件を製造、販売する行為、及び被控訴人株式会社オグロが同物件を買い受け、販売する行為は、いずれも本件意匠を侵害する行為であつて、控訴人は、被控訴人株式会社アーテックスズキに対し、イ号ないしヘ号物件の製造、販売の差止め、同侵害行為を組成する同物件及びその半製品の廃棄、同物件の製造に必要な金型の除却を求めることができ、被控訴人株式会社オグロに対し、同物件の販売の差止め、その占有する物件の廃棄を求めることができる。

第四  よつて、右と結論を異にする原判決を取り消し、控訴人の本訴請求を認容し、民事訴訟法八九条、九三条一項、九六条、一九六条、三八六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田 稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

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